「なんとなく就職して、なんとなく生きていくのだろうな」——大学2年生の頃の私は、そんなぼんやりした未来像しか描けていなかった。勉強が好きなわけでも、やりたいことが明確なわけでもなかった。ただ日々をこなしていた。そんな私の価値観を根底から変えたのが、ニュージーランドへの1年間の留学だった。
ニュージーランド留学が与えた最初の衝撃
渡航前、正直なところ「英語が話せるようになればいいや」くらいの動機しかなかった。だが現地に着いてすぐに気づいた——自分がいかに「日本の常識」という狭い枠の中で生きていたかを。
現地の同世代は、自分のやりたいことに対して驚くほど素直に行動していた。「将来安定した職に就くために今を我慢する」という発想が薄く、「今やりたいことをどうやって実現するか」を真剣に考えていた。週末には山を登り、平日は授業の合間にビジネスアイデアを話し合う。その姿が眩しく、そして悔しかった。
留学中に「自分は何者でありたいのか」を初めて真剣に問い直した。答えはすぐには出なかったが、「このまま何も考えずに就職するのだけは嫌だ」という気持ちだけは強く育っていった。
80万円・8ヶ月の世界一周という選択
大学を卒業して最初に選んだのは、就職でも大学院でもなく「世界一周」だった。手元にあったのは約80万円。節約しながら8ヶ月間、アジア・中東・ヨーロッパ・南米・アフリカを渡り歩いた。
旅のルールはシンプルで、「ガイドブックに載っていない場所に行く」「現地の人と話す」の2つだけだった。宿はホステルやカウチサーフィンが中心。1日の予算は平均3,000〜4,000円で回していた。
旅で見たものの中で最も強烈だったのは、「世界の格差」だ。アフリカのある地域では、子どもたちがゴミ山の中から金属くずを拾って生計を立てていた。一方でドバイのモールでは、ひとつのバッグが100万円以上の値札をつけて並んでいた。同じ地球の上で、これほど違う現実が共存している——その事実は、「自分が当たり前だと思っていた世界」がいかに限定的だったかを突きつけてきた。
と同時に、どの国の人も「自分の夢」や「家族への思い」を持ちながら、懸命に生きていた。夢はあるが手段がない。能力はあるが機会がない。そういう人が世界中に無数にいることも知った。
「夢を実現できる人」と「できない人」の差
世界一周を終えて日本に戻った私の頭には、ひとつの問いが残り続けていた。「夢を持っている人が、なぜ夢を実現できないのか」。
調べてみると、実際にアイデアを追いかけて行動に移す人は全体の5〜10%に過ぎないというデータがある。残りの90%以上は「いつかやろう」「リスクが怖い」「今は条件が整っていない」という理由で止まったままだ。
これは能力の問題ではなく、「仕組み」や「環境」の問題だと私は思った。夢を追う人を支援し、行動のハードルを下げる仕組みを作れれば、世界はもっと面白くなる——そこに自分の事業の意義を見出した瞬間だった。
セプテーニ・グローバルでの経験と起業への覚悟
帰国後、まず選んだのは「事業を自分でゼロから作る経験ができる環境」だった。セプテーニ・グローバルでは高い自律性を持ちながら新規事業開発に携われることを知り、入社を決めた。そこで学んだのは「仮説を立てて動き、早く検証し、修正する」というリーンな動き方だ。大企業の意思決定スピードへの焦りと、小さな組織で動く面白さを同時に経験した。
その後フリーランスとして独立し、旅をしながら複数のプロジェクトを並行して走らせた。収入は会社員時代より自由だったが、ある限界に気づいた——「自分の時間を売る」ビジネスモデルでは、スケールに天井がある。真の経済的自由と、より大きなインパクトを出すためには、「チームで仕組みを作る起業」しかないと確信した。


世界一周が崩壊させた「正解への信仰」
日本の学校・受験・就職活動で植え付けられた「正解を選べ」という思考は、旅の中でゆっくりと崩れていった。インドで出会ったバックパッカーは大企業を辞めて現地でゲストハウスを作っていた。ペルーで会った起業家は大学を中退してコーヒー農園を経営していた。「普通のルート」を外れた人が、それぞれの答えを持って生きていた。
日本に帰国したとき、私が手にしていたのは「正解なんてない」という確信と「だからこそ、自分の答えを自分で選ぶ」という覚悟だった。これが後の起業の土台になった。
まとめ:旅が教えてくれた「生き方の選択肢」
世界一周は「観光旅行」ではなかった。それは自分の価値観を解体し、再構築する旅だった。「安定」を求めて生きることの危うさと、「不安定でも自分の意思で動く」ことの豊かさを体で学んだ。Qeightという会社は、そうした経験と問いの上に立っている。これからも旅で学んだ視点を経営に活かしながら、「夢を実現できる人を増やす仕組み」を作り続けていきたいと思っている。


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